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昔の人は、恋した人の夢に出て行ったらしい。
好きすぎて。だから、夢の中に好きな人が出てきたら両想いだと喜んで、出て来なければ相手を思い続けて、夢に出てこない相手を呪う。
儚い。あたしは思った。一途、あるいは純粋。そうとも思った。
古典のノートの一番うしろ。絵とも字ともとれない鉛筆の汚れを消しゴムで消して、あたしはシャーペンを走らせた。


“夢であなたに会えますように”


「……好きな人の夢に出ていく、ってどうなん?」
「ストーカーストーカー。きもすぎるわぁ」


古典が終わった後の休み時間。次の時間の英単語の小テストに備えて、参考書片手に集まって雑談タイム。高校生になって、授業内容は各段に難しくなって。濃い内容、速い授業。その中でもあたし達は要領よくなってきて、授業中寝たり小テストの勉強しなくなったり。それでも大丈夫なようになってきてた。


「……あ、見て!pigって3文字!これ絶対覚えやなあかんなー」
「ブタやろ?そんくらいわかるしー」
「なあなあ昔の人って豚とか夢に出てきたらどう思うんかな。雄ブタ」
「え、『あのブタ、あたしのことが好きなのね』とか思うんちゃん?」
「えー、ブタでも?動物やで、pigやで?」


一人がブタのものまねをした。みんな両手叩いて、大口開けて笑う。


「りずはどう思う?昔の人の発想」
「え、何であたし?」
「りずちゃん、そんなことマジで考えてそう」
「あ、それは例の伸哉くんかな?」
「え、やめてよ!」


思わず叫んだ。みんなはニヤニヤしながら、あたしを宥める。
同じクラスにいる、好きな人。入学式でかっこいいなあ、って思って、偶然席が隣になったときにはもう、その人のことを好きになっていた。


『字、やたらキレーやん』


宿題忘れた、って言うからどぎまぎしながらノート貸してあげたときの第一声。
ドキッとした。古典のノートやった。「ラ行変格活用」って書いてあるのを指さして、『変格の変とかやたらスラッとしててキレーやわ』そうゆうて笑う彼の瞳に吸い込まれそうになってた。


「りず、実はもう出て行ったんでない?」
「は?意味わからん」
「りずパワーで、伸哉君の脳内にイーン!」
「絢子意味わからーん!」


そしてチャイムが鳴り響く。pigしか覚えてないしー。そんなこと叫びながら、みんな自分の席に帰って行く。


「……お前らのグループ、うるさいよなあ」


小テストのプリントが配られる中、伸哉君が笑う。


「え、もしかして聞いて……」
「いいや。聞いてない。……あ、でも山田のブタ真似は聞いたかな」
「ごめん……」
「何で?奥村悪くないし。あ、文句言うた俺も悪いな」
「うん……」
「単語勉強してないんちゃん?distinguish。長いしきっと出るよ」
「え、どういう意味?」
「区別する、ってところかな。……頑張れ」


プリントがあたしの手元に届いた。(3)あたりに、ちゃんとdistinguishは出てた。
ちなみにpigなんて、元々範囲に入ってなかったみたいにそ影すらなかった。




     *




小テストのあと、あたしはすぐに顔を両腕に埋めた。英語なんて大嫌いやから。ゆっくり目を閉じて、意識をどこか遠くに沈めていく。




夢を見た。
文化祭のときの夢やった。二か月前に大失敗したはずの文化祭の劇を、何百人も居そうな観客の前で完璧に演じてる。グダグダやったみんな動きは機敏やったし、うろ覚えのセリフも棒読みじゃなくてちゃんと言えてて。あたしの唯一の登場シーンにさしかかる。あたしの唯一の、であり伸哉君の唯一の、大したことのないシーン。村人その4のあたしと、死体役の伸哉君。セリフも動きもないシーン。懐かしいな。伸哉君笑ってもうて、死体役を何十秒も続けるのん無理ってなって。何回も練習してた。そして前日になって、シーンはかえられた。死体を見つけた村人その4が何秒か固まって、そっから叫んで村人その2とその3が駆け付けるって。ただそれだけができなかった。伸哉君の負担を減らすためにあたしの唯一のセリフは削られて、三人一緒に死体見つけて、村人その2が叫ぶことになってしまった。
そんな背景のある他愛もないシーン。それも完璧に演じてる。笑わないし動かない伸哉君。それをじっと見つめるあたし。何故か、そこから話は進まなかった。




     *




英語の先生がCDを流し始めた頃、あたしはふっと目を開けた。
突っ伏していたせいで、視界がぼんやりしてる。無意味にまばたきして、視界がクリアになるように頑張った。


「おはよ、奥村」
「おはよ……」
「ええ夢見れました?」
「ん……。文化祭の夢見た」
「へえ。俺は出てきた?」
「うん。名演技やったよ、死体……」
「あぁ、なら俺奥村のこと好きすぎて出て行ったんやな」
「そーだね。……え!」


思わず叫んだあたしを、先生が睨む。あたしは軽く頭下げてから、赤くなりゆく頬を覆った。みんなが笑う。


「伸哉……くん?」
「なんすか奥村りずさん」
「今の、どうゆう意味?」
「いや、僕珍しく古典の授業聞いてたんですよ。そしたら昔の人は好きな人の夢に出ていくってあのオッサン言うてたからやね、ノリで」
「ノリって……ごめん、早とちりや。忘れ……」
「早とちりちゃうよ。俺奥村のこと好きやし」


CDの再生が終わる。先生が喋り出す。
伸哉君はヘラヘラ笑いながら、プリントを完成させていく。


「えっと……」
「奥村は俺のこと好き?」
「え?うん……」


思わず頷いた。伸哉君は、よかった。ってだけ言うてまたシャーペンを走らせる。


「あのさ、これって告白?付き合ってくれるの?あたしと?」
「うん、好きやけど付き合えへんってゆう展開ってあるんすか」
「いや……。でもなんであたし?いつからあたしのこと好きやったん?」
「覚えてる?奥村が俺に古典のノート貸してくれたの。ラ変の変がすっごい綺麗やってさ。……俺、字奇麗な人大好きやねん」


気持ちは、同じやったみたい。
頬がもっと赤くなっていく。伸哉君は笑ってる。


「俺の夢にも出てきたし、な」
「伸哉君の夢に?」
「うん。村人その4、頑張ってた」


視界がまだぼんやりしてる。
夢の延長?ううん、そんなワケない。授業時間はまだ20分も残ってるし、返された前の小テストは2点やったし。これが夢なハズ、ない。








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written by蒼(http://kitten.chu.jp