――― 彼の心をつかめ★バレンタイン特集!
――― 人気のバレンタインスイーツ
――― おいしいチョコレシピ一挙公開
雑誌の見出しにこんな文字が踊る頃、あたしはどこか懐かしい気分になる。
オンナノコは有名パティシエのチョコレートだとか、気持ちの篭った手作りのチョコレートだとかを持って走り回ってる。スーパーや雑貨屋の前で、どこか浮かれてる女の子たちを大量に見る。
大人になったあたしには、ほんの少しだけ遠くなった世界。女である以上関係ないイヴェントではないんやろうけど、もうすっかり関わらなくなってたから。
あたしがまだ高校生やったとき、今目の前でチョコレートを選ぶ子たちと同じように浮かれてた。一人前にあたしにも好きな人が居って、ベタにバレンタインデーに告白する気で居った。
「芽依、こっちの箱とこっちの箱どっちがいいと思う?」
「箱なんか捨てられるだけやで?」
「でもさ、見栄えってあるやん」
「そんなん好きなん選びよ。……でもあたしはこっちの赤い箱の方が好きかも」
「何で?」
「好きって気持ち、伝わりそうやん?」
中学の時からの親友の芽依と、一緒にチョコレート作ろうなーって約束して、そのお買い物の時。彼氏持ちの芽依は余裕やった。何選ぶにもどれがいい? これでいい? って聞くあたしを軽く流しながら、それでも真剣にあたしの相談に乗ってくれてた。
「詩織は何作る気なん?」
「トリュフかなあ……簡単そうやし、雑誌にレシピ載ってた。芽依は?」
「チョコケーキにしようかなって。前作ったら喜んでくれたし」
はにかんだ芽依は乙女の顔してて。あたしは羨ましかった。彼氏なんか居ったことのないあたしの目の前でめっちゃ楽しそうにしてる女の子が居って。あたしは、こうなりたかった。だからめっちゃ頑張ろうって気になって。
「あ、のさ。中野君?」
「何?」
「ちょっといい?」
2月14日当日、確か月曜日やった。7時間授業を終えたあとあたしは部活に向かおうとする彼を呼び出した。バスケ部に所属してる彼は土曜も日曜も休みなくバスケ頑張ってる。その姿にあたしは、心を奪われた。
「何?」
「今日、バレンタイン、やん?」
「あぁ、そういやそーやな」
「これ作ってん。よかったら食べて?」
“好き”って言葉を添えれずに、あたしはチョコの入った袋を差し出した。
「義理チョコってやつ?」
「いや、あの、その……」
「まあありがとう。ほな俺も」
袋を右腕にひっかけて、彼はエナメルのカバンから箱を取り出した。
「コレ、俺からチョコレート」
「……はい?」
差し出された箱の中には、動物のカタチをしたチョコが3つ入ってた。
「俺、西田さんのこと好きやで」
「え、あの……」
「逆バレンタインってやつ」
無邪気に笑う彼に、あたしは微笑みかけた。
びっくりしたのと、嬉しかったのと、あとほんまの少しおかしかったのと。
「そのチョコ、義理チョコ違うからね……?」
言うた瞬間、彼の顔が真っ赤になった。思い出の中でも、彼の顔の赤さだけは色あせることなく鮮明に残ってる。教室の窓から、芽依と芽依の彼氏が盛大な拍手を送ってくれた。あたしと彼はどっちも真っ赤な顔して、ずっとヘラヘラ笑ってた。
これ以上のバレンタインはきっともうないと思うから
これ以上のバレンタインにはもうできないと思うから
あの時以来、あたしはずっとバレンタインを疎かにしてきた。
「あのー、詩織さん?」
「何ー?」
「今日バレンタイン。今年もないんすか」
「何を仰いますか中野君。逆バレンタインはもうないん?」
「笑かしよんなあ。あなたも“中野サン”やないですか」
「んー、じゃあなしでいいんちゃう?」
赤とピンクに染まってるチョコ売場
ほっぺたの赤い女の子たちが、チョコレートに群がってる。
毎年、2月14日が近付けば思い出す。
あたしとあなたの、幸せのはじまりを。
---
written by蒼(http://kitten.chu.jp)
|